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AFURIへの達人のクチコミ
[投稿日:2004/08/26]
カフェは路面に対して開かれた空間のことで、2枚の扉を持つ構造自体、この店がサロンであることを雄弁に物語っている。1枚目が手前に引くドアで、2枚目が横に引く戸(スライディングドア)であったのはなぜか。サロンでありながらテーブル席がなく、背もたれのない椅子を並べたカウンターのみなのはなぜか。多数の品を供する店なのに自動券売機なのはどうしてか。その中で鶏脂に値段が付いているのはなぜか(ラーメン店では脂の増量は無料のはず)。真空の意味は何か(特別な製法ならその説明が欲しい)。冷蔵庫の秘密めいた番号は何のことか。コンクリート打ちっぱなしと配管剥き出しは意図したものなのか、それとも安普請の故か。疑問だらけで席につくことになる。カウンターに陣取った客の努めは、カウンター内で働く者たちが料理人としてどの程度の経験を有しているかを観察し、見極めること。板前割烹、寿司屋、天ぷら屋でそれをするのが常道で、ラーメン屋では野暮ということにはならないだろう。長髪、茶髪、髭、服装、どれをとっても失格。つまり、完成されたレシピ―の復元や移植は可能でも、この厨房で新しいアイデアを具現化することは不可能である。「外見だけでは判断できない」その通り。だが、それならなにより澄んだ瞳で応えて欲しい。名店ではたらく若い衆は、ジャンルを問わずに必ずそれがある。ないのは、この厨房に規律(ディシプリン)が存在していないからである。ラーメンには落ち度がない。盛り付けの美意識は秀でている。しかし、ひげおじさんは食味に際して視覚的な効果をばっさり切り落とすことにしている。構成美は本質を遠ざける。それを捨てると逆に迫ってくる。ラーメンでは特にこのことが不可欠。店舗設計、器、照明、ロゴへの不必要なこだわり、マスコミへの露出過多、すべてに神経を尖らせ、徹底的に拒否すること。目を閉じて、あるいは目隠しをして、この丼一杯の中から訴えてくるものがあるかどうかを考えること。その答えを受け入れること。雑味はよく引いている。しかしそれが何になるだろう。道場六三郎氏が「アクを取った肉じゃがなんて食えたもんじゃない」という主旨の発言をされたことがあって、触発されたひげおじさんは、さっそく和牛と有機栽培のジャガイモを買い込み、徹底して雑味を取り去って作ったのだけど、なんだか蒸留水をごくごく飲んでいるような味気なさを感じてしまった。鮮度の劣化や酸化の成分を拾うことには意味があっても、雑味そのものには意味がある。試作を繰り返しながら、浮いてきたアクを改めて口に含んで吟味すると、そこにミネラルを核とした旨みの地平線が確かに横たわっていることに気づかされた。以来、雑味はラーメンにとっての必須要件と確信している。この店のラーメンが、マニアックな人たちや女性を主体とした客層に受けているのならそれで一向に構わない。だが、もし軌道修正を迫られているのなら、根底から問い直すべき難題が山積していると見る。


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- 得票数:8点
・・・料理
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