ちばき屋への達人のクチコミ
日本人はどうして麺類に厳しい評価を与えたがるのでしょうか。
定食屋に行って、ご飯が多少軟らかかったからといって、友達に「あそこのご飯は軟いぜ」などと、あえて言うことはあまりないでしょう。しかし、麺類は違う。ソバ屋が、ラーメン屋が、イタリア料理屋が少しでものびた麺を客に出しようものなら、末代まで「あそこの麺はのびている」と、その客の妻子親兄弟親類友達ご近所の犬に対してまで、言われ続けてしまうのです。
そこのあなた、麺類は主食=オカズ=麺だからって思ったでしょ。そういうことではない。カレーはどうですか。カレーは麺類と同じく、主食と液体の渾然一体となったところを味わっているにも関わらず、カレーそのものの味は問われることがあっても、ご飯がどうか、というのはあまり論点にならないのです。
麺類の悲劇。
言わずもがなですが、そういった、麺類の中でももっとも厳しい評価を与えられやすいのが、ラーメンでしょう。そしてさらに、カップヌードル(というより全カップめん)の中で醤油味は最も売れている、という事実どおり、醤油味に慣れ親しんだ日本人は、醤油ラーメンにはより一層厳しい評価を与えがちなのです。
醤油ラーメンの王道、東京ラーメンをウリにするラーメン店はまさにイバラの道を歩むが如く、であります。
そういった中で、まさに賛否両論ではありますが、東京ラーメンの三役と目される、ちばきやはどうなのでしょうか。果たして、汁は魚系の香りが強すぎずさっぱりとしていながら、食べている途中にだんだんとコクが表れ、引き込まれていく感じ。コシのある細ちぢれ麺は汁とベストのくみあわせ。煮玉子は半熟で、良く味を含んでいながらも汁を邪魔せず、かつ、これのみでもかなりうまいと思わせます。惜しむらくはチャーシュー。少しボソッとする感じです。汁に背油がのっているため、脂っこさを排除しようとしているのかもしれませんが、汁はそれでもあっさりしているので、もう少ししっとりしていても良いような気がします。
やはり有名店には有名になるだけの理由がありました。「懐かしいだけではなく、組み合わせの絶妙さで、東京ラーメンの代表格になっているのだ。素晴らしい。」食べ終えての感想。そして、「自分はなんて小五月蝿い日本人なのだろう」と、書き終えての反省。
定食屋に行って、ご飯が多少軟らかかったからといって、友達に「あそこのご飯は軟いぜ」などと、あえて言うことはあまりないでしょう。しかし、麺類は違う。ソバ屋が、ラーメン屋が、イタリア料理屋が少しでものびた麺を客に出しようものなら、末代まで「あそこの麺はのびている」と、その客の妻子親兄弟親類友達ご近所の犬に対してまで、言われ続けてしまうのです。
そこのあなた、麺類は主食=オカズ=麺だからって思ったでしょ。そういうことではない。カレーはどうですか。カレーは麺類と同じく、主食と液体の渾然一体となったところを味わっているにも関わらず、カレーそのものの味は問われることがあっても、ご飯がどうか、というのはあまり論点にならないのです。
麺類の悲劇。
言わずもがなですが、そういった、麺類の中でももっとも厳しい評価を与えられやすいのが、ラーメンでしょう。そしてさらに、カップヌードル(というより全カップめん)の中で醤油味は最も売れている、という事実どおり、醤油味に慣れ親しんだ日本人は、醤油ラーメンにはより一層厳しい評価を与えがちなのです。
醤油ラーメンの王道、東京ラーメンをウリにするラーメン店はまさにイバラの道を歩むが如く、であります。
そういった中で、まさに賛否両論ではありますが、東京ラーメンの三役と目される、ちばきやはどうなのでしょうか。果たして、汁は魚系の香りが強すぎずさっぱりとしていながら、食べている途中にだんだんとコクが表れ、引き込まれていく感じ。コシのある細ちぢれ麺は汁とベストのくみあわせ。煮玉子は半熟で、良く味を含んでいながらも汁を邪魔せず、かつ、これのみでもかなりうまいと思わせます。惜しむらくはチャーシュー。少しボソッとする感じです。汁に背油がのっているため、脂っこさを排除しようとしているのかもしれませんが、汁はそれでもあっさりしているので、もう少ししっとりしていても良いような気がします。
やはり有名店には有名になるだけの理由がありました。「懐かしいだけではなく、組み合わせの絶妙さで、東京ラーメンの代表格になっているのだ。素晴らしい。」食べ終えての感想。そして、「自分はなんて小五月蝿い日本人なのだろう」と、書き終えての反省。