ラーメン生郎への達人のクチコミ
(旧
ラーメン二郎吉祥寺店) 自己2店目、初回利用:1990年ごろ、最終利用:1998年ごろ
「二郎に支店ができたらしい」との情報を聞きつけ、半信半疑で成蹊大学まで行ったのが15年ほど昔の話。開店当時は行列ができることは少なくて、三田よりずっと長いカウンターを持て余し気味の若いオヤジさんがいました。いつしか客も増えて、三田本店と同じような調子で「ハイ、大小どっち?」とリズミカルに注文を取られるようになったのです。
三田には無い「つけ麺」が誕生したこと以外は、味・量・注文方など、紛れもなく「二郎」だったのですが、その頃から囁かれていたのが、この店が正規ののれん分けなのか?の疑問でした。そうだとすれば堂々と“支店第一号”を名乗ればよいものを、店主は多くを語ろうとしませんでした。「弟子が勝手に店を開いた」「看板をよく見ると、
二郎でなく
三郎と書いてある」などの噂が流れました。現在の店名になった由来も、「看板にイタズラで加筆されて
ラブメン生郎になったせいだ」と聞いたことがあります。真相は知りませんが、何かと話題になるお店です。
味の方は、私が通っていた頃はまずまずでしたが、最近のことは知らないので採点は控えます。
「二郎に支店ができたらしい」との情報を聞きつけ、半信半疑で成蹊大学まで行ったのが15年ほど昔の話。開店当時は行列ができることは少なくて、三田よりずっと長いカウンターを持て余し気味の若いオヤジさんがいました。いつしか客も増えて、三田本店と同じような調子で「ハイ、大小どっち?」とリズミカルに注文を取られるようになったのです。
三田には無い「つけ麺」が誕生したこと以外は、味・量・注文方など、紛れもなく「二郎」だったのですが、その頃から囁かれていたのが、この店が正規ののれん分けなのか?の疑問でした。そうだとすれば堂々と“支店第一号”を名乗ればよいものを、店主は多くを語ろうとしませんでした。「弟子が勝手に店を開いた」「看板をよく見ると、二郎でなく三郎と書いてある」などの噂が流れました。現在の店名になった由来も、「看板にイタズラで加筆されてラブメン生郎になったせいだ」と聞いたことがあります。真相は知りませんが、何かと話題になるお店です。
味の方は、私が通っていた頃はまずまずでしたが、最近のことは知らないので採点は控えます。