ル・ブーランジェ ドミニク・サブロンへの達人のクチコミ
別に行列なんかできていなかったよ。できていた方がいいかい?ぼくはね、ないほうがいのよ。行列ってのは日本人にとっての思考停止装置みたいなもんだね。いいものを、すきなときに、すきなように食べるのが一番で、ほかの人なんてどうでもいい。左右をきょろきょろして要領よくゲットなんてのは下品よ。そんなふうにあおるのが商売の方程式になるのを見るのはつらいものがある。
この店、少し前に、というか開店直前だったか、雑誌で大きく取り上げられていた。パリ、ナンバーワンとか。そうかね。パリの人間はガイドブックを見て日常的に消費するものを買いに行ったりはしないぜ。どうせなら向こうで、通りがかりの人に、ここ一番なんですか?と訊いてみたらいい。誰も知らないよ。知ってることは下品なことで、あちらの方は上品じゃないすか。堂々と知らないことを知らないと言えるし、興味がないわけで。順番があるとすれば、自分の中で何番目か、それだけ。ガイドで好きなパン屋が145位で、その隣が1位だとわかっても、終生145位に通いつづけると思うよ。やせ我慢じゃなく、個人主義というのはそのくらい強烈な、芸術的なものなんだ。パリ通といわれる人たちがいるよね、この国に。でも彼らはパリに何十年住んだところで何もつかめない。個人主義に叩きのめされて追い詰められた経験がないからさ。惨めな自分を見たことがない。ものの味だってわかりっこない。それなのに知ったふりをする。知らないと言えないんだな。知らない自分が主張できるものは何もないからさ。でも、パリの人間は知らないことを自分の原点として語り始めるわけで、知ってる自分は何も主張できないから、それで自信たっぷりなわけ。
このパン屋は14区に店を出して、次に5区に「ブーランジェ・ド・モンジュ」を開いて、一番とかいうのになったらしいね。だいぶ前の自分のブログにも少し書いたけれど、モンジュ通りが坂になって、もう一つの細い通りと交わる二股のポイントがあるのだけど、そこに「ブーランジェ・ド・モンジュ」がある(その道は、洒落じゃないが、ブーランジェ通りっていう)。いいかい、別に普通のパン屋だよ。偶然見かけたら、入ってもいいし、特に入らなくてもいい。近所の在住者にしても、そこから少し下れば、左手にカイザーがあるわけで、むしろ勢いがあるのはこっちの方。もちろんカイザーがいくら有名になっても、「ブーランジェ・ド・モンジュ」に通いつづける人もいる。そういうこと。カイザーだって、たしか日本に初めて出店した当時は、パリナンバーワンの…と言われていたけれど、あの店、相撲に例えれば、技能賞を何度も取るタイプの小兵力士で、藤ノ川とか(知らない?)、大関になる前の先代の貴乃花とか、現在の安馬とか。まあ、これからも黒船が次々に来航しつづけるってことだろうけれど、日米修好通商条約は、たしか1858年7月29日に締結されたはずだから、今ちょうど、150年たった!あんまりかわらないよなーっていうか、明治の人間の方が、気骨ってものはあったな。軍艦や大砲はどうでもいいけど、知性がもっと活躍してくれれば、この国は住みやすくなるのではないの?
というわけで前置きが長すぎたが、店に入った。で、いきなり、ご注文の体勢に入らされた。ドア前が、即注文の場所なわけ。後ろに2人入れる程度で、3人目くらいからは、お外に待たされるってこと。入れてあげようよ。雨の日だってあるんでしょ(笑)。小さなバゲットと小さな天然酵母のパンを買ってみた。パンの種類は少ない。とにかく小さい店で、空間の切り取り方がうまくなく、棚のスペースが限られているし、裏の厨房も、かなり狭っくるしいみたいで、品数が限定されるのは仕方がないが、品数=パン屋の魅力というところもある。それと、一押しをわかりやすいところに置いたらどう?入って、店の左端に立たされてすぐに注文をするわけだけど、このとき客の視野は右端を十分にとらえられない。そっちの方向の壁際の高い位置に、もっと色の濃い良さそうなバゲットがあるのを、会計のときに(レジは右端)見つけた。気がついたら、こっちを買っていたかもしれない。バゲットは白っぽく、焼きが浅く感じられる。実際には適切な焼成だと思うが、オーブンの下火がきいていない。パンの底部が頼りなくて、パリのバゲットの臨場感を多いに損ねている。乾き過ぎで、味が薄く、水分が表面から飛び過ぎていて、痩せた印象。直送という小麦粉に原因がある。問題があるという言い方はしない。なぜならこういうパンは、脂肪分の多い濃厚な味付けの料理によく合うから。しかしこの国ではパンの需要はもう少し違うところにあって、もっとパンそのものに厚みがなくっちゃだめなんだ。薄っぺらいのよ。この粉、カンレミ種でしょ。フランスでは人気のある品種だけれど、ラードを練り込んだリエットとか、クリーム系のソースとか、塩漬け肉と豆の煮込みとか、重い料理とはっとするくらいのコントラストが生まれる。パリの食の基礎的な部分が東京では欠落しているのだから、粉を考え直したらどう?パリでそこそこのパン屋なのだから、本店と同じにこだわる必要はない。もう一つの、天然酵母のパンだけれど、こっちは郷愁を誘うという程度の風味は持ち得ている。だが、やっぱり下火の弱さがたたって、作りがちと軽い。試食で食べたレーズン入りのは、中心に火が通っていなかった。酸味のアタックはなかなかのもので、繊細さがある。デリケートで優しく、突き放す感じはない。でも、そのくらい力強いほうが好きだね。プージョランの31年ものの天然酵母とか。一番とか二番とかはさておくとして、偉大さを感じさせてくれる職人を常に探していて、まず厨房にいつづけること、が絶対条件。ぼくが尊敬する職人は、全員無冠の人だ。
この店、少し前に、というか開店直前だったか、雑誌で大きく取り上げられていた。パリ、ナンバーワンとか。そうかね。パリの人間はガイドブックを見て日常的に消費するものを買いに行ったりはしないぜ。どうせなら向こうで、通りがかりの人に、ここ一番なんですか?と訊いてみたらいい。誰も知らないよ。知ってることは下品なことで、あちらの方は上品じゃないすか。堂々と知らないことを知らないと言えるし、興味がないわけで。順番があるとすれば、自分の中で何番目か、それだけ。ガイドで好きなパン屋が145位で、その隣が1位だとわかっても、終生145位に通いつづけると思うよ。やせ我慢じゃなく、個人主義というのはそのくらい強烈な、芸術的なものなんだ。パリ通といわれる人たちがいるよね、この国に。でも彼らはパリに何十年住んだところで何もつかめない。個人主義に叩きのめされて追い詰められた経験がないからさ。惨めな自分を見たことがない。ものの味だってわかりっこない。それなのに知ったふりをする。知らないと言えないんだな。知らない自分が主張できるものは何もないからさ。でも、パリの人間は知らないことを自分の原点として語り始めるわけで、知ってる自分は何も主張できないから、それで自信たっぷりなわけ。
このパン屋は14区に店を出して、次に5区に「ブーランジェ・ド・モンジュ」を開いて、一番とかいうのになったらしいね。だいぶ前の自分のブログにも少し書いたけれど、モンジュ通りが坂になって、もう一つの細い通りと交わる二股のポイントがあるのだけど、そこに「ブーランジェ・ド・モンジュ」がある(その道は、洒落じゃないが、ブーランジェ通りっていう)。いいかい、別に普通のパン屋だよ。偶然見かけたら、入ってもいいし、特に入らなくてもいい。近所の在住者にしても、そこから少し下れば、左手にカイザーがあるわけで、むしろ勢いがあるのはこっちの方。もちろんカイザーがいくら有名になっても、「ブーランジェ・ド・モンジュ」に通いつづける人もいる。そういうこと。カイザーだって、たしか日本に初めて出店した当時は、パリナンバーワンの…と言われていたけれど、あの店、相撲に例えれば、技能賞を何度も取るタイプの小兵力士で、藤ノ川とか(知らない?)、大関になる前の先代の貴乃花とか、現在の安馬とか。まあ、これからも黒船が次々に来航しつづけるってことだろうけれど、日米修好通商条約は、たしか1858年7月29日に締結されたはずだから、今ちょうど、150年たった!あんまりかわらないよなーっていうか、明治の人間の方が、気骨ってものはあったな。軍艦や大砲はどうでもいいけど、知性がもっと活躍してくれれば、この国は住みやすくなるのではないの?
というわけで前置きが長すぎたが、店に入った。で、いきなり、ご注文の体勢に入らされた。ドア前が、即注文の場所なわけ。後ろに2人入れる程度で、3人目くらいからは、お外に待たされるってこと。入れてあげようよ。雨の日だってあるんでしょ(笑)。小さなバゲットと小さな天然酵母のパンを買ってみた。パンの種類は少ない。とにかく小さい店で、空間の切り取り方がうまくなく、棚のスペースが限られているし、裏の厨房も、かなり狭っくるしいみたいで、品数が限定されるのは仕方がないが、品数=パン屋の魅力というところもある。それと、一押しをわかりやすいところに置いたらどう?入って、店の左端に立たされてすぐに注文をするわけだけど、このとき客の視野は右端を十分にとらえられない。そっちの方向の壁際の高い位置に、もっと色の濃い良さそうなバゲットがあるのを、会計のときに(レジは右端)見つけた。気がついたら、こっちを買っていたかもしれない。バゲットは白っぽく、焼きが浅く感じられる。実際には適切な焼成だと思うが、オーブンの下火がきいていない。パンの底部が頼りなくて、パリのバゲットの臨場感を多いに損ねている。乾き過ぎで、味が薄く、水分が表面から飛び過ぎていて、痩せた印象。直送という小麦粉に原因がある。問題があるという言い方はしない。なぜならこういうパンは、脂肪分の多い濃厚な味付けの料理によく合うから。しかしこの国ではパンの需要はもう少し違うところにあって、もっとパンそのものに厚みがなくっちゃだめなんだ。薄っぺらいのよ。この粉、カンレミ種でしょ。フランスでは人気のある品種だけれど、ラードを練り込んだリエットとか、クリーム系のソースとか、塩漬け肉と豆の煮込みとか、重い料理とはっとするくらいのコントラストが生まれる。パリの食の基礎的な部分が東京では欠落しているのだから、粉を考え直したらどう?パリでそこそこのパン屋なのだから、本店と同じにこだわる必要はない。もう一つの、天然酵母のパンだけれど、こっちは郷愁を誘うという程度の風味は持ち得ている。だが、やっぱり下火の弱さがたたって、作りがちと軽い。試食で食べたレーズン入りのは、中心に火が通っていなかった。酸味のアタックはなかなかのもので、繊細さがある。デリケートで優しく、突き放す感じはない。でも、そのくらい力強いほうが好きだね。プージョランの31年ものの天然酵母とか。一番とか二番とかはさておくとして、偉大さを感じさせてくれる職人を常に探していて、まず厨房にいつづけること、が絶対条件。ぼくが尊敬する職人は、全員無冠の人だ。