シニフィアン・シニフィエへの達人のクチコミ
半地下のような構造で、階段を降りてもまだ営業中かどうかがわからない。直線を強調した無機質な空間が広がっていて、陽光がふりそそぐ窓際は、イートインのコーナーになっている。「ワインとともにパンを」というコンセプトの店であることは、パンを選ぶ客より座って談笑する客の方が多いことでわかる。ハード系のパンが数種類、クロワッサン系が二種類、その他、小さな籠に数種類という程度だ。厨房との仕切りがなく、会計から大型オーブンの左側が見えている。主力商品は、間違いなくバゲットだ。平べったい田舎パンもあるが、どちらかといえば展示物のような印象、壁に立て掛けられるように置かれた中から「アンブ」という両端の尖がったやや小ぶりのバゲットを頼む。レジわきにあった「チャバタ」をどちらかといえば、シェフの力量を試験するために選ぶ。まず、「アンブ」を千切る。香りが強い。生地の粘りから、15時間以上の発酵を体験した生地とわかる。生地がともすれば粥状にのびて弾性を失いかねない発酵時間だが、皮が薄く、クリスピーで、シャクシャクするお煎餅の感触を味わえる。中の生地と一緒になって、嫌に粘る感じが出るはずなのに、二律背反性に人は感動するものなのだろう。気泡が大きく、まばらで、味わいは、後半になって甘味が押してくる。しかし濃い小麦の風味が最後まで残り、一方が突出すると、もう一方が消えるといったハーモニーの薄さはなく、重層的で、ここがこの店のパンの凄さだろう。シェフの経歴うんぬんはまったく関係がない。シェフの独創が積め込まれた一つの折り鶴くらいに考えた方がいい。店名は製パンにおける表現の「主体」と「客体」の関係性をうたったものだろうか。何を大袈裟な、と最初思ったが、食べてみて納得する。個人的にはチャバタの方がもっと好きだ。水分は85パーセント前後と思われ、焼成にこだわったようだ。割りとソフトに焼いていて、薄くパリットするのかと思ったが、こういうリュスティックの解釈も面白いし、水と空気でできた蜃気楼を見つめているようだった。断面は異常なほど黄色っぽく、卵の風味がある。しかし卵黄を加えたとは思えないし――そんな配合はあり得ない――、小麦の自然な黄色と考えるしかない。そうするといったいどういう粉なのかと不思議に思う。不思議というか、謎だらけだ。
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昼 1,000円以下