南インド・タミルナドゥ州の州都マドラス(現チェンナイ)。
南インドの玄関口、政治・経済・宗教・文化の中心地にして、ムンバイ(1,600万人)、コルカタ(1,400万人)、首都デリー(1,300万人)に継ぐ人口約620万人、堂々たるインド第4位の大都会である。
今回ご紹介したい料理は、東京でも味わうことのできるタミルナドゥの郷土料理の中からの一皿。最近、環境に優しいエコ・ライフスタイルを提唱するLOHASや、イタリアをはじめ欧州を中心に伝統的な郷土料理への回帰や現代人の食生活のあり方を見直すスローフード運動の広がり、あるいは女性を中心に美容と健康のためのヨガ・エクササイズの流行などを背景に、都内でも静かなブームとなっている「南インド料理」。その中のいくつかの店では、実際に本場と比べても遜色のないほど素晴らしいレベルの料理を提供しており、国際都市・トーキョーの名前に恥じない「インド料理」の最先端動向に新たな一石を投じている。
「南インド料理」と言えば、イスラム文化の影響色濃く残る肉食中心&小麦料理(*パキスタン料理やムグライ宮廷料理に見られる)が発達した北インドとは大きく異なる際立った特色として、まず米飯&菜食料理が挙げられる。現地の食堂では、大皿定食であるピュア・ヴェジタリアンの「ミールス」(*全料理アイテムおかわり自由、かつ、時間無制限であることが多い)をはじめ、「ティファン」と呼ばれる軽食・スナック類をよく見かける。代表的なものは、ドーサ、イドゥリ、ヴァダ、ポンガルにウプマなど。シンプルな挽き割り豆と常備野菜のカレー「サンバル」やタマリンド、トマト、にんにく等をベースに黒胡椒のスパイスがきいたスープ・カレー「ラッサム」、「ココナツ・チャトニ」とともに合わせて手軽に味わうことのできる南インド料理の代表格だ。南インドは知られざるコーヒー文化圏でもある。現地では、一般によくチャイとともにフィルターコーヒーが国民的飲料として愛飲されている。「マドラス・コーヒー」は、ステンレスの小さめな2つのカップに交互に注いで泡立てた砂糖入りのミルク・コーヒーで、その味わいは、まさにインド式カプチーノである。
これらの南インド料理には、「ラッサム」の味わいに代表されるように、① ベースがタマリンド、生トマト、にんにくをはじめとした、スープ状のいわゆる「しゃばしゃば系」カレーが醸し出す酸味、② 挽きたてのホールスパイス、とくに黒胡椒や青唐辛子、赤唐辛子といった香辛料のもつストレートで、かつシャープなキレのある辛さ、③ 山椒の葉っぱのような通称「カレー・リーフ」に加えて、コリアンダーにミントといった香草がふんだんに使われていること、④ 新鮮で滋味深いオクラやナスなどの野菜・豆・米穀類を多用していること等、共通の特徴として見出すことができる。甘味の要素は、現地で豊富に採れるココナツを多用している。南インド料理の重要な特徴である「酸味」を構成しているもうひとつの要素は、プレーン・ヨーグルトではないだろうか。「ミールス」には、必ず小さなポーション容器にプレーン・ヨーグルトが添えられており、現地の人たちはパラパラ、ふかふかに炊いた山盛りの白いご飯に「サンバル」、「ラッサム」を最初にぶっかけ、さらに野菜炒め「ポリヤル」を混ぜ、次にヨーグルトもかけて、ご飯をぐちゃまぜにして食べている。日本人の感覚では、視覚および味覚的に うっ、キモ~・・・であるが、
郷に入れば、郷に従え。である。慣れてくると、酸味や辛味、甘味がそれぞれに複雑に絡み合い、味覚のハーモニーとなって、何とも言えぬフシギな雰囲気が醸し出す「南インド」的な満ち足りた幸福感とでも表現しましょうか、白檀のほのかなお香の香りとともに、まさにニルヴァーナ(涅槃)の境地に至ること必至である。 こってりとして濃厚でグレーヴィーなマトン・カレーにタンドリー・チキン、ナンといったお馴染みの確信犯トリオがわれわれ日本人に訴求する「北インド」的な誘惑や呪縛から開放され、これでアナタも今日からヘルシーな純菜食主義「南インド人」のデビューである。あー、今すぐカレー・リーフどっちゃりの「ラッサム」が飲みたい~、と本能的に思えば、充分本物です。たぶん。。ハイ。
そんな菜食主義文化が支配的な「南インド料理」の中でひときわ異彩を放つ非菜食主義料理(ノン・ヴェジ)のひとつが、今回ご紹介する
チェティナード・マサラを用いた
チェティナード・チキンカレーである。なんだ、それってどこにでもあるフツーのチキンカレーじゃないの?と言うなかれ。実際に、チェンナイを訪れた際、’Chetinad Food’ とカラフルなペンキで書かれたレストランの看板をよく見かけた。それほど地元では人気があるようだ。でも南インドって、そもそもヴェジじゃないの?と思われる方も多いと思うが、そこは広大な南インドのこと、隣のアーンドラ・プラデーシュ州はインド独立前、長らく「ハイデラバード藩王国」なるムスリム君主が君臨した土地柄で、イスラム&ヒンドゥ料理として全インド中にその名が轟く有名な「ハイデラバーディ・ビリヤニ」がある。本場では、マトン・ビリヤニが正統と言われる。非菜食ムスリム文化も一方で、南インドの食文化に確固たる地位を築いているのである。
さて、
チェティナード・マサラというからには、北インド料理で代表的な調合ミックス・スパイスである「ガラム・マサラ」兄貴の暴君ハバネロよろしく、その南インド流・弟分、あるいは舎弟筋であるに違いないとみた。江東区は東陽町にある南インド料理店Sにいるチェンナイ出身の某コック氏に聞いてみると、店で使うのは最低15-20種前後の調合スパイスで、南インドならではのオリジナルだという。ニヤリ。我ながらに慧眼だ。さらに調査を進めると、ググることしばらくして、エスニック料理レシピを紹介するアメリカの某サイトにぶちあたった。
◆◆◆ CHETINAD CHICKEN ◆◆◆ (*以下のレシピ部分のみ抜粋)
Ginger, Garlic Paste (しょうがとにんにくのすりおろしペースト)
Onion (たまねぎ)
Tomato (生トマト)
Chilli Powder (チリ・パウダー)
Coriander Powder (コリアンダー・パウダー)
Turmeric Powder (ターメリック・パウダー)
Clove (クローヴ)
Cardamon (カルダモン)
Cinnamon Stick (シナモン)
Coriander Leaves (コリアンダーの葉)
Mint Leaves (ミントの葉)
Cashew Nuts (カシュナッツ)
Oil (タルカ:各種スパイスのオイルトッピング)
Salt (食塩)
以上が、ベースとなる「チェティナード・マサラ」の基本形のようだ。ふむふむ。
で、実際の都内のレストランでは、どのような味を出しているのだろうか。
実は私は、南インド訪問前に「マドラス・チキンカレー」の名前で何度か味わう機会があったのである。それは2004年秋から翌05年春にかけてのこと。前述の東陽町にある南インド料理店Sに、ご存知の方もいらっしゃるかと思うが、当時、スブラ・マニアン氏というチェンナイ出身の料理人がおり、そのマニアン氏の作るピュア・ヴェジの「マドラス・ミールス」セット(1,800円)や
マドラス・チキンカレー(骨付き)(950円)はとくにお気に入りで、毎回オーダーしていたほどだったのだ。その後の2年間のマニアン氏の所在や経緯は、お店を辞めてしまったため不明で割愛するが、昨年5月に幸いにも南砂にあるインド料理Dで再会することができ、あの忘れもしない
マドラス・チキンカレーをオーナーのF夫妻に頼み込んでマニアン氏に特別に作っていただいたという経緯がある。(*注:南砂Dでは、メニューには現在記載がありません。)
残念ながら、マニアン氏はその後ほどなくして帰国してしまい、Dでは、人気ピュア・ヴェジセットの「マドラス・ターリー」とあわせて各1回しか味わう機会がなかった。うーん。残念。。
(*注:南砂Dでは、「ミールス」という南インド式の本来の呼称を用いずに、北インドで一般に用いられているターリー盆で料理を提供しているので、敢えて「ターリー」という北インド式呼称を用いたとのこと。)
人間は失ってしまったものに対し、寂寥と追憶の念を覚える。伝説の料理人マニアン氏の作った
マドラス・チキンカレーの片鱗がわずかにでも感じられるような「チェティナード・チキンカレー」はこの広い東京に存在しないだろうか?と。 わずかに残された忘れ難き味覚への記憶と、探してみれば以外と見つかったりして☆? みたいな安直な希望的観測が動機の全てである。まるで、アニメのあの
母を訪ねて三千里に出てくる純真無垢な少年マルコである。ただし、随行する愛すべきアメディオも人情家で心優しくマルコの旅を見守るペッピーノおじさん、アンナもいない。。。 なんか、そー言えば、カレーもいいけど、ケチャップ味と粉チーズの
昔なつかしのナポリタン・スパゲティがミョ~に食べたい☆(意味不明?)これから、マルコは海図なき大航海の旅に繰り出すにあたり、なんとも最初から腰砕け状態である。
で、さておき、スブラ・マニアン氏オリジナルの味
マドラス・チキンカレーを当ても無く探求する大東京カレー捜査線は、いまだ途半ばではあるが、以下簡単に経過を触れておきます。
◆
チェティナード・チキンカレー(単品1,370円:京橋@ダバ・インディア)
やや褐色の黄土色で、大ぶりの骨付きチキンカレー。調合スパイスの他、容易に目視できるものにベイリーフ、カルダモン、シナモン片、クミン、スターアニス(八角)、クローブやフェネグリーク・シードがごろごろ。ホール・スパイス、とくに粒の黒胡椒と赤唐辛子1本のストレートでシャープな辛さが極めて印象的でじわじわと押し寄せてくる。お約束の刻んだコリアンダー香草、カレー・リーフも使用されている。バスマティーライス(320円)、プーリ(210円)に合わせてみた。これは、文句なしにレベルが高い水準だと思う。
【kiewpieくん個人的評価:☆☆☆☆☆】
◆
タミルナドゥ・チェティナド・チキンカレー(単品1,300円:神谷町@ニルヴァナム)
ターメリック橙黄色で、骨なしチキンカレー。こちらは全体的に調合スパイス主体のマイルドなやさしい味わい。赤唐辛子が2本で他にベイリーフ、クミンシード、シナモン片、クローブと粒黒胡椒が少々。バスマティーライス(500円)、ケーララ・パロタ(300円)に合わせてみた。マイルドで全体のバランスの良さは秀逸だが、スパイスの訴求する個性やシャープな辛さが残念ながら印象に残らなかった。
【kiewpieくん個人的評価:☆☆☆】
◆
マドラス・チキンカレー(単品950円:東陽町@シャンティー・サガー)
ややオレンジがかったターメリック橙黄色で、骨なしチキンカレー。こちらも調合スパイス主体であるが、好感が持てるのはカレー・リーフをふんだんに用いているところ。ホール・スパイスは、黒胡椒、クミン、カルダモン、シナモン片、クローブ、ベイリーフなど。トッピングは、青唐辛子ではなく、ししとうで代用。ラッサム(300円)とジャポニカ米ライス(300円)で合わせてみた。見た目は、北インドの「バター・チキンカレー」を連想させる。もちろん、両者の色合いは異なり、その味わいは全く別もの。しかし、作る料理人が違うと、カレーの出来栄えもこうまで変わることを実感。。ラッサムは美味。
【kiewpieくん個人的評価:☆☆☆】
◆
チキンの香味炒め(Chicken Chetinad)(単品2,310円:麹町@アジャンタ)
ダーク黄褐色で、ややオイリーなこってりとした骨なしチキンのドライカレータイプ。トッピングは薄切りの生トマトのスライス、生姜の短冊切り、刻んだコリアンダー。ホール・スパイスは粒黒胡椒、クローブ、カルダモン、クミン、シナモン、ベイリーフ、カレー・リーフ、赤唐辛子1本など。こちらもダバ・インディア同様、調合スパイスとホール・スパイスがじわじわと心地よい辛さとなって押し寄せてくる。味つけに少々塩みが濃いように思う。ジャポニカ米ライス(210円)、プーリ(210円)に合わせてみた。食後にマドラス・コーヒー(550円)を頂く。こちらも価格設定を度外視すれば、カレーそのものはかなり個性的で強く印象に残る。営業50年という老舗の実力が遺憾なく発揮されているところか。。
【kiewpieくん個人的評価:☆☆☆☆】(*CP観点で惜しくも☆マイナス1点)
【総括】
マニアン氏の
マドラス・チキンカレーと完全には同じではないが、アジャンタで出会った一皿は、ややオイリーでこってりしたその味わいは似ているかも。(*マニアン氏のカレーは、ふんだんにカレー・リーフが使われていた。)ただし、難点はカレー単品としての2,000円以上の値段設定。数人で来店し、あれこれシェアする分にはよいが、一人でオーダーするにはCPはやはり考えものだ。
ということで、以上、僭越ながら、私のカレー遍歴の中の「初恋」話をご紹介してみた。読者の方々にも、おそらく、忘れることのできない、記憶に残る素晴らしいカレー料理をこれまでにいくつか体験されているのではないだろうか? ある特定の料理一品にテーマを絞って、都内のレストランをあちこち探索してみるのも一考かもしれない。
南インドの玄関口、政治・経済・宗教・文化の中心地にして、ムンバイ(1,600万人)、コルカタ(1,400万人)、首都デリー(1,300万人)に継ぐ人口約620万人、堂々たるインド第4位の大都会である。
今回ご紹介したい料理は、東京でも味わうことのできるタミルナドゥの郷土料理の中からの一皿。最近、環境に優しいエコ・ライフスタイルを提唱するLOHASや、イタリアをはじめ欧州を中心に伝統的な郷土料理への回帰や現代人の食生活のあり方を見直すスローフード運動の広がり、あるいは女性を中心に美容と健康のためのヨガ・エクササイズの流行などを背景に、都内でも静かなブームとなっている「南インド料理」。その中のいくつかの店では、実際に本場と比べても遜色のないほど素晴らしいレベルの料理を提供しており、国際都市・トーキョーの名前に恥じない「インド料理」の最先端動向に新たな一石を投じている。
「南インド料理」と言えば、イスラム文化の影響色濃く残る肉食中心&小麦料理(*パキスタン料理やムグライ宮廷料理に見られる)が発達した北インドとは大きく異なる際立った特色として、まず米飯&菜食料理が挙げられる。現地の食堂では、大皿定食であるピュア・ヴェジタリアンの「ミールス」(*全料理アイテムおかわり自由、かつ、時間無制限であることが多い)をはじめ、「ティファン」と呼ばれる軽食・スナック類をよく見かける。代表的なものは、ドーサ、イドゥリ、ヴァダ、ポンガルにウプマなど。シンプルな挽き割り豆と常備野菜のカレー「サンバル」やタマリンド、トマト、にんにく等をベースに黒胡椒のスパイスがきいたスープ・カレー「ラッサム」、「ココナツ・チャトニ」とともに合わせて手軽に味わうことのできる南インド料理の代表格だ。南インドは知られざるコーヒー文化圏でもある。現地では、一般によくチャイとともにフィルターコーヒーが国民的飲料として愛飲されている。「マドラス・コーヒー」は、ステンレスの小さめな2つのカップに交互に注いで泡立てた砂糖入りのミルク・コーヒーで、その味わいは、まさにインド式カプチーノである。
これらの南インド料理には、「ラッサム」の味わいに代表されるように、① ベースがタマリンド、生トマト、にんにくをはじめとした、スープ状のいわゆる「しゃばしゃば系」カレーが醸し出す酸味、② 挽きたてのホールスパイス、とくに黒胡椒や青唐辛子、赤唐辛子といった香辛料のもつストレートで、かつシャープなキレのある辛さ、③ 山椒の葉っぱのような通称「カレー・リーフ」に加えて、コリアンダーにミントといった香草がふんだんに使われていること、④ 新鮮で滋味深いオクラやナスなどの野菜・豆・米穀類を多用していること等、共通の特徴として見出すことができる。甘味の要素は、現地で豊富に採れるココナツを多用している。南インド料理の重要な特徴である「酸味」を構成しているもうひとつの要素は、プレーン・ヨーグルトではないだろうか。「ミールス」には、必ず小さなポーション容器にプレーン・ヨーグルトが添えられており、現地の人たちはパラパラ、ふかふかに炊いた山盛りの白いご飯に「サンバル」、「ラッサム」を最初にぶっかけ、さらに野菜炒め「ポリヤル」を混ぜ、次にヨーグルトもかけて、ご飯をぐちゃまぜにして食べている。日本人の感覚では、視覚および味覚的に うっ、キモ~・・・であるが、郷に入れば、郷に従え。である。慣れてくると、酸味や辛味、甘味がそれぞれに複雑に絡み合い、味覚のハーモニーとなって、何とも言えぬフシギな雰囲気が醸し出す「南インド」的な満ち足りた幸福感とでも表現しましょうか、白檀のほのかなお香の香りとともに、まさにニルヴァーナ(涅槃)の境地に至ること必至である。 こってりとして濃厚でグレーヴィーなマトン・カレーにタンドリー・チキン、ナンといったお馴染みの確信犯トリオがわれわれ日本人に訴求する「北インド」的な誘惑や呪縛から開放され、これでアナタも今日からヘルシーな純菜食主義「南インド人」のデビューである。あー、今すぐカレー・リーフどっちゃりの「ラッサム」が飲みたい~、と本能的に思えば、充分本物です。たぶん。。ハイ。
そんな菜食主義文化が支配的な「南インド料理」の中でひときわ異彩を放つ非菜食主義料理(ノン・ヴェジ)のひとつが、今回ご紹介するチェティナード・マサラを用いたチェティナード・チキンカレーである。なんだ、それってどこにでもあるフツーのチキンカレーじゃないの?と言うなかれ。実際に、チェンナイを訪れた際、’Chetinad Food’ とカラフルなペンキで書かれたレストランの看板をよく見かけた。それほど地元では人気があるようだ。でも南インドって、そもそもヴェジじゃないの?と思われる方も多いと思うが、そこは広大な南インドのこと、隣のアーンドラ・プラデーシュ州はインド独立前、長らく「ハイデラバード藩王国」なるムスリム君主が君臨した土地柄で、イスラム&ヒンドゥ料理として全インド中にその名が轟く有名な「ハイデラバーディ・ビリヤニ」がある。本場では、マトン・ビリヤニが正統と言われる。非菜食ムスリム文化も一方で、南インドの食文化に確固たる地位を築いているのである。
さて、チェティナード・マサラというからには、北インド料理で代表的な調合ミックス・スパイスである「ガラム・マサラ」兄貴の暴君ハバネロよろしく、その南インド流・弟分、あるいは舎弟筋であるに違いないとみた。江東区は東陽町にある南インド料理店Sにいるチェンナイ出身の某コック氏に聞いてみると、店で使うのは最低15-20種前後の調合スパイスで、南インドならではのオリジナルだという。ニヤリ。我ながらに慧眼だ。さらに調査を進めると、ググることしばらくして、エスニック料理レシピを紹介するアメリカの某サイトにぶちあたった。
◆◆◆ CHETINAD CHICKEN ◆◆◆ (*以下のレシピ部分のみ抜粋)
Ginger, Garlic Paste (しょうがとにんにくのすりおろしペースト)
Onion (たまねぎ)
Tomato (生トマト)
Chilli Powder (チリ・パウダー)
Coriander Powder (コリアンダー・パウダー)
Turmeric Powder (ターメリック・パウダー)
Clove (クローヴ)
Cardamon (カルダモン)
Cinnamon Stick (シナモン)
Coriander Leaves (コリアンダーの葉)
Mint Leaves (ミントの葉)
Cashew Nuts (カシュナッツ)
Oil (タルカ:各種スパイスのオイルトッピング)
Salt (食塩)
以上が、ベースとなる「チェティナード・マサラ」の基本形のようだ。ふむふむ。
で、実際の都内のレストランでは、どのような味を出しているのだろうか。
実は私は、南インド訪問前に「マドラス・チキンカレー」の名前で何度か味わう機会があったのである。それは2004年秋から翌05年春にかけてのこと。前述の東陽町にある南インド料理店Sに、ご存知の方もいらっしゃるかと思うが、当時、スブラ・マニアン氏というチェンナイ出身の料理人がおり、そのマニアン氏の作るピュア・ヴェジの「マドラス・ミールス」セット(1,800円)やマドラス・チキンカレー(骨付き)(950円)はとくにお気に入りで、毎回オーダーしていたほどだったのだ。その後の2年間のマニアン氏の所在や経緯は、お店を辞めてしまったため不明で割愛するが、昨年5月に幸いにも南砂にあるインド料理Dで再会することができ、あの忘れもしないマドラス・チキンカレーをオーナーのF夫妻に頼み込んでマニアン氏に特別に作っていただいたという経緯がある。(*注:南砂Dでは、メニューには現在記載がありません。)
残念ながら、マニアン氏はその後ほどなくして帰国してしまい、Dでは、人気ピュア・ヴェジセットの「マドラス・ターリー」とあわせて各1回しか味わう機会がなかった。うーん。残念。。
(*注:南砂Dでは、「ミールス」という南インド式の本来の呼称を用いずに、北インドで一般に用いられているターリー盆で料理を提供しているので、敢えて「ターリー」という北インド式呼称を用いたとのこと。)
人間は失ってしまったものに対し、寂寥と追憶の念を覚える。伝説の料理人マニアン氏の作ったマドラス・チキンカレーの片鱗がわずかにでも感じられるような「チェティナード・チキンカレー」はこの広い東京に存在しないだろうか?と。 わずかに残された忘れ難き味覚への記憶と、探してみれば以外と見つかったりして☆? みたいな安直な希望的観測が動機の全てである。まるで、アニメのあの母を訪ねて三千里に出てくる純真無垢な少年マルコである。ただし、随行する愛すべきアメディオも人情家で心優しくマルコの旅を見守るペッピーノおじさん、アンナもいない。。。 なんか、そー言えば、カレーもいいけど、ケチャップ味と粉チーズの昔なつかしのナポリタン・スパゲティがミョ~に食べたい☆(意味不明?)これから、マルコは海図なき大航海の旅に繰り出すにあたり、なんとも最初から腰砕け状態である。
で、さておき、スブラ・マニアン氏オリジナルの味マドラス・チキンカレーを当ても無く探求する大東京カレー捜査線は、いまだ途半ばではあるが、以下簡単に経過を触れておきます。
◆チェティナード・チキンカレー(単品1,370円:京橋@ダバ・インディア)
やや褐色の黄土色で、大ぶりの骨付きチキンカレー。調合スパイスの他、容易に目視できるものにベイリーフ、カルダモン、シナモン片、クミン、スターアニス(八角)、クローブやフェネグリーク・シードがごろごろ。ホール・スパイス、とくに粒の黒胡椒と赤唐辛子1本のストレートでシャープな辛さが極めて印象的でじわじわと押し寄せてくる。お約束の刻んだコリアンダー香草、カレー・リーフも使用されている。バスマティーライス(320円)、プーリ(210円)に合わせてみた。これは、文句なしにレベルが高い水準だと思う。
【kiewpieくん個人的評価:☆☆☆☆☆】
◆タミルナドゥ・チェティナド・チキンカレー(単品1,300円:神谷町@ニルヴァナム)
ターメリック橙黄色で、骨なしチキンカレー。こちらは全体的に調合スパイス主体のマイルドなやさしい味わい。赤唐辛子が2本で他にベイリーフ、クミンシード、シナモン片、クローブと粒黒胡椒が少々。バスマティーライス(500円)、ケーララ・パロタ(300円)に合わせてみた。マイルドで全体のバランスの良さは秀逸だが、スパイスの訴求する個性やシャープな辛さが残念ながら印象に残らなかった。
【kiewpieくん個人的評価:☆☆☆】
◆マドラス・チキンカレー(単品950円:東陽町@シャンティー・サガー)
ややオレンジがかったターメリック橙黄色で、骨なしチキンカレー。こちらも調合スパイス主体であるが、好感が持てるのはカレー・リーフをふんだんに用いているところ。ホール・スパイスは、黒胡椒、クミン、カルダモン、シナモン片、クローブ、ベイリーフなど。トッピングは、青唐辛子ではなく、ししとうで代用。ラッサム(300円)とジャポニカ米ライス(300円)で合わせてみた。見た目は、北インドの「バター・チキンカレー」を連想させる。もちろん、両者の色合いは異なり、その味わいは全く別もの。しかし、作る料理人が違うと、カレーの出来栄えもこうまで変わることを実感。。ラッサムは美味。
【kiewpieくん個人的評価:☆☆☆】
◆チキンの香味炒め(Chicken Chetinad)(単品2,310円:麹町@アジャンタ)
ダーク黄褐色で、ややオイリーなこってりとした骨なしチキンのドライカレータイプ。トッピングは薄切りの生トマトのスライス、生姜の短冊切り、刻んだコリアンダー。ホール・スパイスは粒黒胡椒、クローブ、カルダモン、クミン、シナモン、ベイリーフ、カレー・リーフ、赤唐辛子1本など。こちらもダバ・インディア同様、調合スパイスとホール・スパイスがじわじわと心地よい辛さとなって押し寄せてくる。味つけに少々塩みが濃いように思う。ジャポニカ米ライス(210円)、プーリ(210円)に合わせてみた。食後にマドラス・コーヒー(550円)を頂く。こちらも価格設定を度外視すれば、カレーそのものはかなり個性的で強く印象に残る。営業50年という老舗の実力が遺憾なく発揮されているところか。。
【kiewpieくん個人的評価:☆☆☆☆】(*CP観点で惜しくも☆マイナス1点)
【総括】
マニアン氏のマドラス・チキンカレーと完全には同じではないが、アジャンタで出会った一皿は、ややオイリーでこってりしたその味わいは似ているかも。(*マニアン氏のカレーは、ふんだんにカレー・リーフが使われていた。)ただし、難点はカレー単品としての2,000円以上の値段設定。数人で来店し、あれこれシェアする分にはよいが、一人でオーダーするにはCPはやはり考えものだ。
ということで、以上、僭越ながら、私のカレー遍歴の中の「初恋」話をご紹介してみた。読者の方々にも、おそらく、忘れることのできない、記憶に残る素晴らしいカレー料理をこれまでにいくつか体験されているのではないだろうか? ある特定の料理一品にテーマを絞って、都内のレストランをあちこち探索してみるのも一考かもしれない。