ぽん多本家へのクチコミ
新たに書き直した「自己紹介」にも書いたが、結婚して子育てに忙しかった時期、食べ歩き的な活動は極力しなかったのだが、そのせいもあって「ぽん多」に来るのは10年ぶりくらいか? 同じ台東区に住んでいるのでこのブランクは尋常ではないが、私のカミさんがあまり肉類を好まないというのも、この無沙汰の一因であった。しかし、子供はお肉大好きなので、これから訪問は増えるかもしれないな。いずれにせよ、久しぶりの訪問に、昔の恋人に会うようなトキメキを少し感じる。ちなみに、私が初めてこの店で食したのは、改装前の、帳場におばあさんが鎮座ましましていた頃であった。店全体が油と時間の流れのために黒光りしている感じだった。改装してから足が遠のいたのは、自分の生活の変化のせいか? そういえば、おでんの
お多幸も移転して新しくなってからは、行かなくなってしまったなあ。なぜだろう? 近いのに。
それはともかく、何事も初めての体験は長く記憶に残る。つまらない話だが、ウン十年前、上京して間もない私が初めて吉野家の牛丼を食べたとき、世の中にこんな美味いものがあるのかと思ったものである(まだ、全然、吉野家がポピュラーではなかった頃のこと。忘れもしない、有楽町駅の隣でのこと)。同じことは、パリで初めて飲んだ89年のシャトー・ラフィット・ロッチルドや、初めての
本牧家の一杯や、初めて
はちまき岡田で飲んだ菊正の樽や・・・、ともかくそういうものに接して、文字通り目からウロコが落ちるような経験を私はしたのだが、
ぽん多のカツレツにもそういう思いをした。トンカツというものの概念が変わったのである。
しかし、そういう衝撃は、二度三度と繰り返されるごとに薄れていってしまうのは避けがたい。しかし、薄れながらもそれが動かしがたい基準ととして銘記されていくことが贔屓になるということだが、私はそれほど
ぽん多に足繁く通ったわけでもないので、その味はもう記憶にほとんどなかった。記憶にあったのは、カツレツの衣の白さ、それに包まれながらあふれ出るような肉、揚げたジャガイモ、黙々とした作業。しかし、そういう禁欲的な雰囲気の中で食するカツレツは、食べ終わった後、何かとても豊かになったような気分になれたことだけは、思い出せるような気がする。
さて、久しぶりのカツレツを食してみての感想は、あれ? こんなにパサパサしていたっけ? というものだった。数年前、知り合いに
ぽん多を薦めて、後になって感想を聞いたら、途端に表情が曇りとてもパサパサしていて美味いと思わないという意外な答えが返ってきた。しかしその人は肉好きというよりは脂好きと言ってもいいくらいで(なにしろ、すき焼きの肉を焼く前に使う牛脂を食べちゃう人ですからね)、そういう人の感覚では、確かに脂肪分に欠けるかもなあと思ったことがあった。しかし脂好きとは言えない私にもパサついていると感じられるのは、向こうが変わったのか? こちらの嗜好が変わったのか? あるいは、たまたまこの日がハズレの日だったから? さっき使った比喩をもう一度使うと、これは、長い歳月を経て昔の恋人に会ったときのような反応なのだろうか? つまり、相手のうちに、以前気がつかなかったような粗が見えたりするが、それはこちらも同じで、味覚や嗜好が悪化したのだろうか? いずれ、子供をつれてまた検証しに来ると思う。
夜 3,000~5,000円
それはともかく、何事も初めての体験は長く記憶に残る。つまらない話だが、ウン十年前、上京して間もない私が初めて吉野家の牛丼を食べたとき、世の中にこんな美味いものがあるのかと思ったものである(まだ、全然、吉野家がポピュラーではなかった頃のこと。忘れもしない、有楽町駅の隣でのこと)。同じことは、パリで初めて飲んだ89年のシャトー・ラフィット・ロッチルドや、初めての本牧家の一杯や、初めてはちまき岡田で飲んだ菊正の樽や・・・、ともかくそういうものに接して、文字通り目からウロコが落ちるような経験を私はしたのだが、ぽん多のカツレツにもそういう思いをした。トンカツというものの概念が変わったのである。
しかし、そういう衝撃は、二度三度と繰り返されるごとに薄れていってしまうのは避けがたい。しかし、薄れながらもそれが動かしがたい基準ととして銘記されていくことが贔屓になるということだが、私はそれほどぽん多に足繁く通ったわけでもないので、その味はもう記憶にほとんどなかった。記憶にあったのは、カツレツの衣の白さ、それに包まれながらあふれ出るような肉、揚げたジャガイモ、黙々とした作業。しかし、そういう禁欲的な雰囲気の中で食するカツレツは、食べ終わった後、何かとても豊かになったような気分になれたことだけは、思い出せるような気がする。
さて、久しぶりのカツレツを食してみての感想は、あれ? こんなにパサパサしていたっけ? というものだった。数年前、知り合いにぽん多を薦めて、後になって感想を聞いたら、途端に表情が曇りとてもパサパサしていて美味いと思わないという意外な答えが返ってきた。しかしその人は肉好きというよりは脂好きと言ってもいいくらいで(なにしろ、すき焼きの肉を焼く前に使う牛脂を食べちゃう人ですからね)、そういう人の感覚では、確かに脂肪分に欠けるかもなあと思ったことがあった。しかし脂好きとは言えない私にもパサついていると感じられるのは、向こうが変わったのか? こちらの嗜好が変わったのか? あるいは、たまたまこの日がハズレの日だったから? さっき使った比喩をもう一度使うと、これは、長い歳月を経て昔の恋人に会ったときのような反応なのだろうか? つまり、相手のうちに、以前気がつかなかったような粗が見えたりするが、それはこちらも同じで、味覚や嗜好が悪化したのだろうか? いずれ、子供をつれてまた検証しに来ると思う。