埼玉屋への達人のクチコミ
●05-11-09訪問★料理写真と店舗写真はブログに掲載★(写真)氷結焼酎のホッピー、クレソンと大根のサラダ、アブラ、レバーの若焼き、テッポウ、チレ、葱間、ハツ、タン
この店を語るのに、言葉は、いらない。
この店はもつ焼き屋である。もつ焼きと言えば、普通はタレで食する。
しかし、この店では、最初のアブラと、最後のシロ(残念ながらこの写真だけ無い。)のみが、タレ。その他は全て塩、である。
塩で食べて欲しい、とご主人は言う。タレで食べるもつなら、他の店でも食べられる、と。また、レアで食べて欲しい、とご主人は言う。よく焼かなければ食べられないもつなら、他の店でも食べられる、と。
そういう店である。
店内の隅々にまで、ご主人の鋭い目が届き、気魄が満ちている。
だからであろうか、店は良いのだがご主人がどうもね、等という噂も良く聞いた。
しかし、百聞は一見にしかず。この美しいもつを見れば、一品一品に賭けるご主人の気魄が感じられ、それを食べる幸せに身を委ねねばなるまい。
出されたもつに手も付けず、だらだらと話をしていたりすれば、嫌われて当然であろう。焼き物は客に供された瞬間が、食べ時なのである。焼き手はその事に最大の神経を使っている。寿司と同じである。
僕は、このご主人に触れた瞬間、色川の親爺さんを思い出した。この2人、同じ匂いがする。己の職人としての技に誇りを持ち、己の技に客が喜ぶ姿を見ることに無上の喜びを感じる。そんな方達である。正に、職人芸の持ち主なのだ。
こんな方達を、僕は尊敬して止まない。
焼き場の直ぐ横のカウンター席で、美味い美味いを連発しながら食べる僕達を、ご主人は嬉しそうに見ていた。気は心、伝わるのであろうか。
因みに、下戸の僕は、ホッピーを三分の一位残してしまったのだが…。
これは水曜日、会社帰りに十条の達人に東十条から十条にかけての名店を案内して頂いた、口開けの店での話、である。
美味かった。もつはこんなに美味いものだっただろうか?
この店だけで食べ続けてよいのであれば、30本位は食べられそうである。
ご主人、ご馳走様でした。
毒の無いご主人の笑顔は、とても素敵だった。
この店を語るのに、言葉は、いらない。
この店はもつ焼き屋である。もつ焼きと言えば、普通はタレで食する。
しかし、この店では、最初のアブラと、最後のシロ(残念ながらこの写真だけ無い。)のみが、タレ。その他は全て塩、である。
塩で食べて欲しい、とご主人は言う。タレで食べるもつなら、他の店でも食べられる、と。また、レアで食べて欲しい、とご主人は言う。よく焼かなければ食べられないもつなら、他の店でも食べられる、と。
そういう店である。
店内の隅々にまで、ご主人の鋭い目が届き、気魄が満ちている。
だからであろうか、店は良いのだがご主人がどうもね、等という噂も良く聞いた。
しかし、百聞は一見にしかず。この美しいもつを見れば、一品一品に賭けるご主人の気魄が感じられ、それを食べる幸せに身を委ねねばなるまい。
出されたもつに手も付けず、だらだらと話をしていたりすれば、嫌われて当然であろう。焼き物は客に供された瞬間が、食べ時なのである。焼き手はその事に最大の神経を使っている。寿司と同じである。
僕は、このご主人に触れた瞬間、色川の親爺さんを思い出した。この2人、同じ匂いがする。己の職人としての技に誇りを持ち、己の技に客が喜ぶ姿を見ることに無上の喜びを感じる。そんな方達である。正に、職人芸の持ち主なのだ。
こんな方達を、僕は尊敬して止まない。
焼き場の直ぐ横のカウンター席で、美味い美味いを連発しながら食べる僕達を、ご主人は嬉しそうに見ていた。気は心、伝わるのであろうか。
因みに、下戸の僕は、ホッピーを三分の一位残してしまったのだが…。
これは水曜日、会社帰りに十条の達人に東十条から十条にかけての名店を案内して頂いた、口開けの店での話、である。
美味かった。もつはこんなに美味いものだっただろうか?
この店だけで食べ続けてよいのであれば、30本位は食べられそうである。
ご主人、ご馳走様でした。
毒の無いご主人の笑顔は、とても素敵だった。