「
ほていさん行きませんか?」
春まだ浅い三月某日、ある友人からメールが届く。
話題の
ほていさんで鮟鱇鍋を頂きながら、逝く冬を惜しみつつ、来る春を悦びつつ、
こじんまりとした宴会をしようという粋なお誘いである・・・
こんな素敵な誘いを断るはずがない。
「行きます行きますッ! 絶対に行きます!」
何を置いても行かなければッ!
とっとと返信する。
しかし、さすがに人気店、
「もう月末の平日しか取れないのですが・・・良いですか?」
う~む、恐るべし「ほていさん」
「無論ッ!何としても鮟鱇食べたいですっ!」
この所の激務で皆にやつれたと言われ、目の下の隈もくっきりの私にとって、
鮟鱇のコラーゲンは必至なのであった。
待つ事二週間・・・
とうとう当日になった。
果てしない激務の合間を縫って、私はこれから「宝塚」でも観に行く様な興奮ぶりで
電車を乗り継ぎ、
「いざ、月島」へと向かった。
駅を降りると集合時間までまだ余裕があった。
それでも急ぎ足で月島の商店街をひたひたと進む。
火照った顔に春の夜風がひんやりと冷たい。
空は遅い春の月が微かに白い環を浮かべて消炭色の空に浮かんでいた。
雲が少しだけ早い動きで流れている。
商店街の立ち込めるもんじゃ特有のソースの焦げる香りを物ともせず、
一目散に進んで、路地を一歩曲がると、
「ほていさん」の看板が薄暗い路地に煌々と出迎えてくれた。
思ったよりも綺麗で大きな(三階まである)お店で、正直びっくりした。
お店に入ると、入り口のすぐそばの席に、既に今夜の同席者が一人席に着いておられる。
「こんばんは、お早いお付きですねェ~」
等々、当たり障りのない挨拶を交わしつつ、他の同席者を待つこともなく
突き出しの「もずく酢」を肴にビールで乾杯。
その間にもう一人の同席者が現れると、またまた挨拶もそこそこに飲み始める。
それにしても、思ったよりも広々とした店内、ほぼ満席で、本当に良い意味で賑わっている。
あちこちのテーブルで鍋の湯気が上がっては歓声が上がっている。
お行儀悪いが周囲の盛り上がりについ視線が言ってしまう。
もう一品の黒ごまのタレがたっぷり掛かったごま豆腐が無くなったのを見計らったかの様に
本日の鍋奉行(決して悪い意味ではない、念のため)の年季の入ったお姉様が登場する。
「待たれますか?」
「いいえ、始めちゃいます。」
そうすると、これが四人前?と、目を疑う様な江戸前のお造りが、ドーンと!
中トロ、赤身、海胆、青柳、蛸、帆立、烏賊、そして蝦蛄・・・つまには山盛りの海草・・・
「お一人分取っておくわね」
さすがおば様、慣れた者である。
「有難うございます」
云うが早いか食べ始める私達。
そこに、やっと最後の同席者が遅れてやってくる。
お造りはとにかく大振りで食べ応えがあり、それなりの質と一人前でニ人前はあるであろう位の充分なボリューム。
ビールを日本酒に替えて、宴も否応なしに盛り上がる。
「そろそろよろしいですかァ?」
前出のお姉様がカセットコンロを持って登場。
「は~い、宜しくお願い致しま~ぁす」
いつもなら、この道ウン十年の仲居さん宜しく、鍋を取り仕切る私も
「郷に入っては郷に従え」
とばかりに、借りてきた猫のように大人しくしてしまう。
こうして、いよいよ鮟鱇鍋の登場となる。
大きな土鍋が運ばれてくる。
そして、蓋が開けられると、
オレンジ掛かった黄金色のあん肝が山盛りに・・・
「おおおおおお~」
一同感嘆・・・凄い、凄過ぎる・・・
お姉様が甘く囁く。
「一口だけ、そのままで」
早速頂くと、これは何と甘く蕩けそうなお味であろうか・・・
トロンと溶けるこの味わいが堪らない。
後一口・・・と、思う間もなく、お姉様が無常にも蓋を閉める。
くつくつと鍋が湧き出すのを待ちながら、再び日本酒でまったり・・・
途中、吹き零れそうになってきたので、つい気になって少しお出汁を掬ってしまう。
その時、お勘定場所に鎮座ましましていた大女将の視線が怖かったのは云うまでもない。
待つ事暫し、
くつくつからグツグツ、土鍋が軽快に歌い始め、何とも温かで滋養に満ちた香りが周囲に充満する。
さあ、感動の瞬間!
そこに大御所の前出の大女将が鍋奉行として登場!
あれよと云う間もなく、さっと蓋を開けると、パアァァァァ~ッと湯気と迸る香気が立ち昇る。
おおおおおお~ッ!
一同感嘆の声を上げている間に、
大女将が丼にせっせと鮟鱇鍋を人数分、見事な配分で取り分けてくれる。
鮟鱇の肝が霙の様に溶けながらも、豆腐や白菜、春菊、長葱、椎茸等に絡んでいる。
「頂きま~す」
猫舌でない事を両親に感謝しつつ、まず一口。
出汁は結構甘く、それでいて濃厚な感じもする。
豆腐も白菜も適度な甘さ。鮟鱇の身はそれ程入っていなかったが、淡白で穏やかな味わい。
皮特有のゼラチン質が不思議な食感で、例えれば、丁度生麩と葛をくたくた煮たとでも云う感じであろうか?
味は殆どないが、とても身体に良さそうである。
~ああ、これでお肌も回復ねェ~
今日の鮟鱇鍋を頂けた事に感謝しつつ、さっさと丼の中身を食べ終わると、さっとニ杯目が盛られる。
勿論、お姉様が頃合を見てお給仕下さるのである。その間の取り様と絶妙なタイミングといったら・・・
これが意外にすんなり入っていくから不思議である。
鍋物だけに単調になるのは否めないが、やはりこれは美味である。
滋養たっぷりの鮟鱇鍋に、一同心から満足である。
鍋の身をしっかり頂いてしまう頃に、
「お雑炊作りましょうか?」
またまた、お姉様が絶妙のタイミングで現れる。
「お願いしま~す」
もう食べられないと口々に云いながらも、雑炊の煮えた頃にはすっかり目が輝き、
盛られてしまえば、しっかり口に収まってしまう所が恐ろしい。
鍋の中身は見事なまでに空になってしまった。
さっぱりとした自家製のお漬物を頂いてフィニッシュ。
美味しいお鍋と湯気で心も体もすっかり温まり、
一同幸せな気分で満面の恵比須顔、いえ、布袋顔。
久々に頂いた鮟鱇の何と美味しかった事か・・・
すっかり満足した一同が外に出ると
通り雨が合ったのか、薄暗い路地が雨に濡れて光っていた。
もんじゃの残り香漂う月島の商店街をぞろぞろと歩きながら
駅に向かう。
現代と過去が貼り絵の様に混在する街中で、ふと立ち止まって空を見上げると、
ビルと切れ切れの雲の合間から、月がひょっこり顔を覗かしていた。
春まだ浅い三月某日、ある友人からメールが届く。
話題のほていさんで鮟鱇鍋を頂きながら、逝く冬を惜しみつつ、来る春を悦びつつ、
こじんまりとした宴会をしようという粋なお誘いである・・・
こんな素敵な誘いを断るはずがない。
「行きます行きますッ! 絶対に行きます!」
何を置いても行かなければッ!
とっとと返信する。
しかし、さすがに人気店、
「もう月末の平日しか取れないのですが・・・良いですか?」
う~む、恐るべし「ほていさん」
「無論ッ!何としても鮟鱇食べたいですっ!」
この所の激務で皆にやつれたと言われ、目の下の隈もくっきりの私にとって、
鮟鱇のコラーゲンは必至なのであった。
待つ事二週間・・・
とうとう当日になった。
果てしない激務の合間を縫って、私はこれから「宝塚」でも観に行く様な興奮ぶりで
電車を乗り継ぎ、
「いざ、月島」へと向かった。
駅を降りると集合時間までまだ余裕があった。
それでも急ぎ足で月島の商店街をひたひたと進む。
火照った顔に春の夜風がひんやりと冷たい。
空は遅い春の月が微かに白い環を浮かべて消炭色の空に浮かんでいた。
雲が少しだけ早い動きで流れている。
商店街の立ち込めるもんじゃ特有のソースの焦げる香りを物ともせず、
一目散に進んで、路地を一歩曲がると、
「ほていさん」の看板が薄暗い路地に煌々と出迎えてくれた。
思ったよりも綺麗で大きな(三階まである)お店で、正直びっくりした。
お店に入ると、入り口のすぐそばの席に、既に今夜の同席者が一人席に着いておられる。
「こんばんは、お早いお付きですねェ~」
等々、当たり障りのない挨拶を交わしつつ、他の同席者を待つこともなく
突き出しの「もずく酢」を肴にビールで乾杯。
その間にもう一人の同席者が現れると、またまた挨拶もそこそこに飲み始める。
それにしても、思ったよりも広々とした店内、ほぼ満席で、本当に良い意味で賑わっている。
あちこちのテーブルで鍋の湯気が上がっては歓声が上がっている。
お行儀悪いが周囲の盛り上がりについ視線が言ってしまう。
もう一品の黒ごまのタレがたっぷり掛かったごま豆腐が無くなったのを見計らったかの様に
本日の鍋奉行(決して悪い意味ではない、念のため)の年季の入ったお姉様が登場する。
「待たれますか?」
「いいえ、始めちゃいます。」
そうすると、これが四人前?と、目を疑う様な江戸前のお造りが、ドーンと!
中トロ、赤身、海胆、青柳、蛸、帆立、烏賊、そして蝦蛄・・・つまには山盛りの海草・・・
「お一人分取っておくわね」
さすがおば様、慣れた者である。
「有難うございます」
云うが早いか食べ始める私達。
そこに、やっと最後の同席者が遅れてやってくる。
お造りはとにかく大振りで食べ応えがあり、それなりの質と一人前でニ人前はあるであろう位の充分なボリューム。
ビールを日本酒に替えて、宴も否応なしに盛り上がる。
「そろそろよろしいですかァ?」
前出のお姉様がカセットコンロを持って登場。
「は~い、宜しくお願い致しま~ぁす」
いつもなら、この道ウン十年の仲居さん宜しく、鍋を取り仕切る私も
「郷に入っては郷に従え」
とばかりに、借りてきた猫のように大人しくしてしまう。
こうして、いよいよ鮟鱇鍋の登場となる。
大きな土鍋が運ばれてくる。
そして、蓋が開けられると、
オレンジ掛かった黄金色のあん肝が山盛りに・・・
「おおおおおお~」
一同感嘆・・・凄い、凄過ぎる・・・
お姉様が甘く囁く。
「一口だけ、そのままで」
早速頂くと、これは何と甘く蕩けそうなお味であろうか・・・
トロンと溶けるこの味わいが堪らない。
後一口・・・と、思う間もなく、お姉様が無常にも蓋を閉める。
くつくつと鍋が湧き出すのを待ちながら、再び日本酒でまったり・・・
途中、吹き零れそうになってきたので、つい気になって少しお出汁を掬ってしまう。
その時、お勘定場所に鎮座ましましていた大女将の視線が怖かったのは云うまでもない。
待つ事暫し、
くつくつからグツグツ、土鍋が軽快に歌い始め、何とも温かで滋養に満ちた香りが周囲に充満する。
さあ、感動の瞬間!
そこに大御所の前出の大女将が鍋奉行として登場!
あれよと云う間もなく、さっと蓋を開けると、パアァァァァ~ッと湯気と迸る香気が立ち昇る。
おおおおおお~ッ!
一同感嘆の声を上げている間に、
大女将が丼にせっせと鮟鱇鍋を人数分、見事な配分で取り分けてくれる。
鮟鱇の肝が霙の様に溶けながらも、豆腐や白菜、春菊、長葱、椎茸等に絡んでいる。
「頂きま~す」
猫舌でない事を両親に感謝しつつ、まず一口。
出汁は結構甘く、それでいて濃厚な感じもする。
豆腐も白菜も適度な甘さ。鮟鱇の身はそれ程入っていなかったが、淡白で穏やかな味わい。
皮特有のゼラチン質が不思議な食感で、例えれば、丁度生麩と葛をくたくた煮たとでも云う感じであろうか?
味は殆どないが、とても身体に良さそうである。
~ああ、これでお肌も回復ねェ~
今日の鮟鱇鍋を頂けた事に感謝しつつ、さっさと丼の中身を食べ終わると、さっとニ杯目が盛られる。
勿論、お姉様が頃合を見てお給仕下さるのである。その間の取り様と絶妙なタイミングといったら・・・
これが意外にすんなり入っていくから不思議である。
鍋物だけに単調になるのは否めないが、やはりこれは美味である。
滋養たっぷりの鮟鱇鍋に、一同心から満足である。
鍋の身をしっかり頂いてしまう頃に、
「お雑炊作りましょうか?」
またまた、お姉様が絶妙のタイミングで現れる。
「お願いしま~す」
もう食べられないと口々に云いながらも、雑炊の煮えた頃にはすっかり目が輝き、
盛られてしまえば、しっかり口に収まってしまう所が恐ろしい。
鍋の中身は見事なまでに空になってしまった。
さっぱりとした自家製のお漬物を頂いてフィニッシュ。
美味しいお鍋と湯気で心も体もすっかり温まり、
一同幸せな気分で満面の恵比須顔、いえ、布袋顔。
久々に頂いた鮟鱇の何と美味しかった事か・・・
すっかり満足した一同が外に出ると
通り雨が合ったのか、薄暗い路地が雨に濡れて光っていた。
もんじゃの残り香漂う月島の商店街をぞろぞろと歩きながら
駅に向かう。
現代と過去が貼り絵の様に混在する街中で、ふと立ち止まって空を見上げると、
ビルと切れ切れの雲の合間から、月がひょっこり顔を覗かしていた。