中清へのクチコミ
結婚記念日に個室を利用した。
中清を利用するのは初めてである。私は浅草在住であるが、中清の前を通るたびに、浅草の奥座敷のような気配を漂わせる由緒ある門構えを見るにつけては、 何時かは行こうという気持ちと何となく避けたいという気持ちを同時に抱いたものだが、実際入ってみると、こういう店は思った以上に気さくなことが多かったし、実際中清もそうだった。そういうことが予め予想できるのにこれまで来なかったのは、私自身はあまり天麩羅が好きではない、ということがあるのかもしれない。蕎麦屋で天ざるをつまむ程度ならともかく、下町の天麩羅は、けっこうボリュームがあるし、浅草では他にも三定とか尾張屋とか天麩羅屋はいろいろあるけれど、どこも巨大なかき揚げを店の目玉にしているような気配があって、私などは二の足を踏んでしまうのだ。それにしても、昔からの蕎麦屋はあんなけち臭い量しか出さないのに、天麩羅屋が巨大なかき揚げを出すというアンバランスはなにゆえなのか? どうも判らない。
それはともかく、この日は、中清を天麩羅屋として利用したのではなく、くつろげる座敷として利用したのである。その選択は正解だった。ここの個室ならば、子供が少々騒いでも何の問題もないし、中庭の池にそそぐ水の音が快い。すぐ近くに六区があるというのが信じられないほど落ち着いた情緒があったし、女将をはじめ女性の従業員も子供に対して愛想が良かったことも好ましかった(総じて、子供に良くしてくれるというだけで、店に対する高感度はアップという単純な基準なのである)。
電話で予約を入れたときに、一応、店のHPを見て「鳳凰コース」に決めておいたのだが、HPの見方がずさんだった。要するに、一番高いコースという決め方で、普通ならば、財布との兼ね合いに関して計算違いをしない限り、それで大過なく済むはずなのだが、この店は違った。いまHPで「鳳凰コース」の内容をもう一度見ると、そこに見過ごしてはいけないものが潜んでいることが、今となっては判るのだが、注文したときは目に入らなかったのだ。
HPで復習すると、鳳凰コースは、前菜、おすまし、お刺身、酢の物、玉子豆腐、海老わさ、天麩羅盛合せ、雷神揚げ、御飯、香の物、味噌椀、水菓子という内容になっている。その日も、そのとおりに粛々と一品ずつ運ばれてきたのだが、「天麩羅盛り合わせ」あたりでもう終わりだろうな、あとは御飯とデザートだろうと思った(だから、迂闊なことに、途中で刺身の盛り合わせを追加してしまったのである)。あ〜堪能した、と思っていたら、まだメガトン級の一品が控えていたのである。それが「雷神揚げ」。話には聞いていたが、それがこのコースに入っているとは、その物(ブツ)がやって来るまでまったく考えてもいなかったのである。見た瞬間に「これはあかん」と悟り、観念した。一つはなんとか半分は食べたように見せかけたが、一つはまったく手をつけず、まるまるティッシュに包み紙袋に入れて持ち帰ってきてしまった(翌日の夕飯にこの「雷神揚げ」が出たのは言うまでもない)。
しかし帰り際、ひょっとしたら見破られるかもしれないという姑息な心配とは裏腹に、女将が出口のところで出迎えてくれて、ガーベラとバラの花束を差し出してくれたのには驚いた。そういえば、個室に入って飲み物を聞かれたとき、妻が何気なく「今日は結婚記念日でして…」と機先を制して漏らしていたっけ(結果はどうであれ、言うだけ言ってみるというのが彼女の主義)。それは、それっきりのことだと私は思っていたのだが、女将はこんな用意をさせていたのか。さすが老舗だ。老舗とは、門構えでも、食事の内容でもなく、こういう気配りのことだよなと思い至るに及んで、「雷神揚げ」をそのまま持ち帰えるという不逞の所業をしたにもかかわらず、この店への愛着が俄然沸いてきたのであった。土曜の夜の割には閑散とした店内のことを思い起こすにつけても、声を大にしてこう訴えたいのである。
浅草に来たら天麩羅は中清ですよ。良いことがきっとあります。
(2009年2月14日訪問時の感想)
夜 15,000~25,000円
中清を利用するのは初めてである。私は浅草在住であるが、中清の前を通るたびに、浅草の奥座敷のような気配を漂わせる由緒ある門構えを見るにつけては、 何時かは行こうという気持ちと何となく避けたいという気持ちを同時に抱いたものだが、実際入ってみると、こういう店は思った以上に気さくなことが多かったし、実際中清もそうだった。そういうことが予め予想できるのにこれまで来なかったのは、私自身はあまり天麩羅が好きではない、ということがあるのかもしれない。蕎麦屋で天ざるをつまむ程度ならともかく、下町の天麩羅は、けっこうボリュームがあるし、浅草では他にも三定とか尾張屋とか天麩羅屋はいろいろあるけれど、どこも巨大なかき揚げを店の目玉にしているような気配があって、私などは二の足を踏んでしまうのだ。それにしても、昔からの蕎麦屋はあんなけち臭い量しか出さないのに、天麩羅屋が巨大なかき揚げを出すというアンバランスはなにゆえなのか? どうも判らない。
それはともかく、この日は、中清を天麩羅屋として利用したのではなく、くつろげる座敷として利用したのである。その選択は正解だった。ここの個室ならば、子供が少々騒いでも何の問題もないし、中庭の池にそそぐ水の音が快い。すぐ近くに六区があるというのが信じられないほど落ち着いた情緒があったし、女将をはじめ女性の従業員も子供に対して愛想が良かったことも好ましかった(総じて、子供に良くしてくれるというだけで、店に対する高感度はアップという単純な基準なのである)。
電話で予約を入れたときに、一応、店のHPを見て「鳳凰コース」に決めておいたのだが、HPの見方がずさんだった。要するに、一番高いコースという決め方で、普通ならば、財布との兼ね合いに関して計算違いをしない限り、それで大過なく済むはずなのだが、この店は違った。いまHPで「鳳凰コース」の内容をもう一度見ると、そこに見過ごしてはいけないものが潜んでいることが、今となっては判るのだが、注文したときは目に入らなかったのだ。
HPで復習すると、鳳凰コースは、前菜、おすまし、お刺身、酢の物、玉子豆腐、海老わさ、天麩羅盛合せ、雷神揚げ、御飯、香の物、味噌椀、水菓子という内容になっている。その日も、そのとおりに粛々と一品ずつ運ばれてきたのだが、「天麩羅盛り合わせ」あたりでもう終わりだろうな、あとは御飯とデザートだろうと思った(だから、迂闊なことに、途中で刺身の盛り合わせを追加してしまったのである)。あ〜堪能した、と思っていたら、まだメガトン級の一品が控えていたのである。それが「雷神揚げ」。話には聞いていたが、それがこのコースに入っているとは、その物(ブツ)がやって来るまでまったく考えてもいなかったのである。見た瞬間に「これはあかん」と悟り、観念した。一つはなんとか半分は食べたように見せかけたが、一つはまったく手をつけず、まるまるティッシュに包み紙袋に入れて持ち帰ってきてしまった(翌日の夕飯にこの「雷神揚げ」が出たのは言うまでもない)。
しかし帰り際、ひょっとしたら見破られるかもしれないという姑息な心配とは裏腹に、女将が出口のところで出迎えてくれて、ガーベラとバラの花束を差し出してくれたのには驚いた。そういえば、個室に入って飲み物を聞かれたとき、妻が何気なく「今日は結婚記念日でして…」と機先を制して漏らしていたっけ(結果はどうであれ、言うだけ言ってみるというのが彼女の主義)。それは、それっきりのことだと私は思っていたのだが、女将はこんな用意をさせていたのか。さすが老舗だ。老舗とは、門構えでも、食事の内容でもなく、こういう気配りのことだよなと思い至るに及んで、「雷神揚げ」をそのまま持ち帰えるという不逞の所業をしたにもかかわらず、この店への愛着が俄然沸いてきたのであった。土曜の夜の割には閑散とした店内のことを思い起こすにつけても、声を大にしてこう訴えたいのである。
浅草に来たら天麩羅は中清ですよ。良いことがきっとあります。
(2009年2月14日訪問時の感想)