グリル グランドへのクチコミ
11時40分ごろ入店。すでに、妙齢のご婦人4名のグループが真ん中の席で談笑されていました。すぐに、三世代にまたがる一家4名のグループが隣の席を占め、たぶん御近所さんであろう6人組が二階に上がっていった。わたしは、そそくさと食事を片づけ出たのだが、そのとき入れ違いに若いカップルが入店した。とまあ、それなりに盛況というものではないだろうか。
この店がある浅草三丁目界隈は歴とした花街である。六区あたりとは漂う空気が違う。以前「たいめいけん」の店主のインタビューを読んで知ったのだが、元来洋食屋は花街にできたものらしい。この店は、そういう正しい由緒を今でも伝えている店である。したがって、ここをたんに「下町の洋食屋」と呼ぶのは当を得てはいないように思う。
それはともかく、お高くとまっているような所は全くない。この店は、すでに何度も来ているが、すべて家族での来店であった。子供がまだ2〜3歳の頃にはじめて来て、子供の機嫌が悪く何も食べなかったり、機嫌が良くてもオレンジジュースをテーブルの上にぶちまけてしまって妻の目が三角につり上がったりと、あまりいい記憶がない。だが、店の人は、そんな子連れにも嫌な顔一つしない。フレンチのオ○ージュとかレストラン○宮などとは大違いである。
私のところは共働きで、私が仕事がなく妻の帰宅が遅いときは私が夕食の支度をすることもある。今日は子供のローテーションとしてはハンバーグの日だから、何か参考になることもあるかと思い、ハンバーグのセットを注文する。本品のほかに、ポタージュ、なぜかお新香、ご飯(お代わり自由だそう)、コーヒーがつく。リーマン生活とは縁がなく、ビジネス街での昼食にも縁がないので、こういうランチセットみたいなものをいただくのは、結構久しぶりのような気がする。
待っている間に、シェフが現われた。私は、この店に来ると、必ず一度は、シェフの顔を見ているような気がする。これは何かの必要からなのだろうが、一種の顔見世というか、言葉のない挨拶のような要素もあるのではないか、と思われた。毎度感じるが、ここのシェフの表情には「深い」という言葉がぴったりする。いかめしいくもあり暖かくもあり。すべてを飲み込む年輪と器の大きさのような何かを、私は感じずにいられない。
しかし、この日は選択を間違えたようだ。子供のメニューの参考になれば・・・などとつまらないことを考えたのが間違いで、出てきたのは、私が今晩作ろうとするものとは違うタイプのものだったし、それに、僭越ながら、「結構平凡だなあ、ここではやはり、いつものようにビーフ・シチューを頼むべきだった」というのが偽らざる感想だった。ここのビーフ・シチューは掛け値なく美味しい。何度きても美味いと思う。それで改めて思ったのは、洋食系の店に入ってハンバーグなど頼むことはあまりないのだが、まれに頼んでも平凡だなあという感想しか持たないことが,これまでも何度かあったということである。そもそも私の期待値がおかしいのだろうか? それとも、所詮、ハンバーグなどという食べ物は、わりに平凡だなあといった感想しか出ないような代物にすぎないのか、それとも「これは・・・」と絶句するようなものがどこかで供されているのを私が知らないだけなのだろうか?
(理由ありで時間差のある投稿になってしまったが、これは2009年1月15日訪問時の感想である)。
昼 1,000~3,000円
この店がある浅草三丁目界隈は歴とした花街である。六区あたりとは漂う空気が違う。以前「たいめいけん」の店主のインタビューを読んで知ったのだが、元来洋食屋は花街にできたものらしい。この店は、そういう正しい由緒を今でも伝えている店である。したがって、ここをたんに「下町の洋食屋」と呼ぶのは当を得てはいないように思う。
それはともかく、お高くとまっているような所は全くない。この店は、すでに何度も来ているが、すべて家族での来店であった。子供がまだ2〜3歳の頃にはじめて来て、子供の機嫌が悪く何も食べなかったり、機嫌が良くてもオレンジジュースをテーブルの上にぶちまけてしまって妻の目が三角につり上がったりと、あまりいい記憶がない。だが、店の人は、そんな子連れにも嫌な顔一つしない。フレンチのオ○ージュとかレストラン○宮などとは大違いである。
私のところは共働きで、私が仕事がなく妻の帰宅が遅いときは私が夕食の支度をすることもある。今日は子供のローテーションとしてはハンバーグの日だから、何か参考になることもあるかと思い、ハンバーグのセットを注文する。本品のほかに、ポタージュ、なぜかお新香、ご飯(お代わり自由だそう)、コーヒーがつく。リーマン生活とは縁がなく、ビジネス街での昼食にも縁がないので、こういうランチセットみたいなものをいただくのは、結構久しぶりのような気がする。
待っている間に、シェフが現われた。私は、この店に来ると、必ず一度は、シェフの顔を見ているような気がする。これは何かの必要からなのだろうが、一種の顔見世というか、言葉のない挨拶のような要素もあるのではないか、と思われた。毎度感じるが、ここのシェフの表情には「深い」という言葉がぴったりする。いかめしいくもあり暖かくもあり。すべてを飲み込む年輪と器の大きさのような何かを、私は感じずにいられない。
しかし、この日は選択を間違えたようだ。子供のメニューの参考になれば・・・などとつまらないことを考えたのが間違いで、出てきたのは、私が今晩作ろうとするものとは違うタイプのものだったし、それに、僭越ながら、「結構平凡だなあ、ここではやはり、いつものようにビーフ・シチューを頼むべきだった」というのが偽らざる感想だった。ここのビーフ・シチューは掛け値なく美味しい。何度きても美味いと思う。それで改めて思ったのは、洋食系の店に入ってハンバーグなど頼むことはあまりないのだが、まれに頼んでも平凡だなあという感想しか持たないことが,これまでも何度かあったということである。そもそも私の期待値がおかしいのだろうか? それとも、所詮、ハンバーグなどという食べ物は、わりに平凡だなあといった感想しか出ないような代物にすぎないのか、それとも「これは・・・」と絶句するようなものがどこかで供されているのを私が知らないだけなのだろうか?
(理由ありで時間差のある投稿になってしまったが、これは2009年1月15日訪問時の感想である)。